’98年04月03日〜 04月06日(パリ編)

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4月3日国境を越えた列車は、パリに近づいていた、窓の外には雨が降っている、夜の明け切らぬ内に食堂車へ簡単な朝食を食べにゆく。
自分の部屋に戻り、ぼんやりと外を見ていると、8時29分定刻にパリ、オステルリッツ駅に到着、3年ぶり4回目のパリ、雨の降る中駅の外に出て、母から貰っていた回数券でバスに乗り、前にも泊まった、HOTEL DE L'EUROPEへ(このホテル部屋はあまり綺麗とはいえないが、主人と奥さんがとても親切で、北駅と東駅の中間でとても交通の便がよい)荷物を預け母の友人のアパートへ向かう。
東駅から7番のLA COURNEUVE行きでCRIMEEで降りる。
もうパリに住んで20年以上の人だ(アベス駅の近くで日本料理店をやっている)そこでカレーを御馳走になり、一息ついて買って置いて貰った2ゾーン迄のカルトオレンジの1週間券を貰い、ホテルまで車で送って貰った(この前電話が来て、10年乗ったプジョウーがついに壊れたそうだ)午後からはカタコンブを見に行った。
カタコンブはモンパルナス駅近く、地下鉄のDenfert-Rochereauで下車地上に出ると公園があるが、カタコンブが見つからない、ちょうど日本人の女の子2人が地図を広げていたので聞いてみると、2人も分からないと云う、そこへ、人を連行中(そいつは暴れていた)の警官に聞くと、目の前を指さして地下鉄の駅に消えていった。
見ると道の向こうに小さな入り口が見えた。
行ってみるとそこがカタコンブの入り口だった。
入場券を買い、螺旋階段を下ると、暗い通路が続いていた、暫く歩くと地下墓地に出た、そこからは一面人骨だらけだった。
迷路のような中を進み、やっと外に出る螺旋階段にたどり着き、上に上がってみると、自分たちが何処にいるのか分からなかったが、アレシア通りの近くだった。
近くのカフェでお茶を飲み、バスでルーブルに向かった。
セーヌ川右岸に入ったところでバスを降り、セーヌ右岸の道を歩くと、ポンヌフ(新しい橋という名前で一古い橋)が有り、その向こうにはエッフェル塔が見えていた。
暫く歩くとルーブル、ピラミッドから下におり、店だけを見て、明日行くモンサンミシェル行きのバスが出る(日本からFAXで予約していた)RIVOLI通りのパリ・ヴィジョンの事務所を探しに行った。
場所を確認してから、オペラまで戻り、そこからバスで北駅に戻り、ホテルに帰った。
その日は、知人のレストランに食事に行き、翌日が早いので早めに寝た。

翌4月4日朝起きて出かけようとすると、主人が朝食の時間がまだだからと、パンを持たせてくれた。
地下鉄を乗り継いでチュイルリーにつくと、三々五々人々が集まっていた。
我々を乗せたバスは7時に一路モンサンミシェルへと向かった、途中一回の休憩があった、そこは普通の店でパンやコーヒーを出していた。
外のガラスには、私の大好きなポスターが張ってあった。
モンサンミッシェル(知人曰くフランスの江ノ島)に着いたのは12時近くだった 。
下から見上げるととても大きな建物だった。
中はカタツムリのように螺旋に道が上っていくそこで一件の店に入り昼食となった。
名物のシードルを飲み(私は酒が飲めないので一口飲んで止めてしまった、周りの人はサイダーだといっていたが)それからいよいよ修道院のある上まで行くと、干潮で砂浜が続いているのが見えた。
約2時間の観光で又バスでパリに戻る、途中街の中にバスを止め、街の中のパン屋やカフェで休憩、パリに帰り着いた時は日も暮れていた(ダイアナ妃の事故現場も通った)。
その日の夕食は北駅のそばのBRASSERIE LE RAILWEYステーキを食べた。
その後夜食用にケーキ屋でミルフィーユを買いホテルに戻った。

翌4月5日、日曜日なのでバス停からバスに乗り、凱旋門へ向かう、凱旋門からシャンゼリゼを歩きプジョウのショールームへ行くが、時間になっても開かないので、カフェで一休み、もう一度行ってみるが日曜日で休み、仕方なくルーブルへ行ってみるが、入場を待つ人がピラミッドを囲んでいるので諦める。
そこから歩いてセーヌ右岸に降りてみる(向こうに見えるのが芸術橋とシテ島)そして芸術橋を渡り、セーヌ左岸サンミシェルヘ、そこのカフェで昼食、昼食後地下鉄でモントルイユへ向かった。
ここは午前中は蚤の市、午後からは古着市になるというので、ジャケットを探しに行った。
買い物後、地下鉄とRERに乗り、HOTEL DES INVALIDESに行く、ここには3年前来たとき時間で入れなかったナポレオンの墓がある。
その後アレキサンドル三世橋を渡り、振り替えって見ると今通ってきたグランパレ、プチパレ、そしてHOTEL DES INVALIDES(廃兵院)が見えた。
シャンゼリゼを通ろうとすると、たくさんの警察官が並んでいた、その列は中国大使館の前まで続き、その日、李鵬首相か誰かが来ていたらしい。
暫く待っていたが、来る様子が無いので、バスに乗りモンマルトルの丘へ夕日を見に行った。
私がパリへ来たと実感するのは、なんと云ってもサクレクールを見たときだ。
サクレクール寺院の階段に座り、クレープを食べながら見た、ポンピドーセンター方面そして下りながら見たエッフェル塔
パリが一望できる場所は、エッフェル塔の上、モンマルトルの丘、モンパルナスタワーあたりだが、ベルビルの丘もなかなか良い。
その日も夕食は、昨日と同じ店でステーキだった。

翌4月6日は帰国する日なので、朝散歩後、ホテルの前のBRASSERIEでコーヒーを飲み、バス停のとても気に入ったポスターを写真に撮り、ホテルに戻ると、11時に知人が迎えに来てくれて、シャルルドゴール空港まで送ってくれた。
CDI14時20分発の飛行機BA309便はロンドンヒスローに14時25分到着(時差の関係で5分しか経っていない、実際は1時間程の飛行)、その後は16時30分発BA7便で成田に向かい翌日4月7日の12時15分に成田に到着し、今回の旅行は終わった。

 

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